JDPアセットマネジメント株式会社 会社概要
| 商号 | JDPアセットマネジメント株式会社 (英名:JDP Asset Management Inc.) |
|---|---|
| 住所 | 〒105-6027 東京都港区虎ノ門4-3-1 城山トラストタワー27階 |
| 電話番号 | 03-5404-8488 |
| 資本金 | 1億円 |
| 設立 | 2006年12月 |
| 代表取締役 | 大橋直久 |
| 事業内容 |
国内・海外の投資家に対する、不動産の取得・運用のアレンジメント業務 国内・海外投資家に対する、不動産開発のデべロップメントマネジメント業務 海外の不動産投資に対する助言業務 不動産取得に関する、ストラクチャーやファイナンスの助言業務 不動産の再生事業 М&Aに関するアドバイザー 教育(安全管理教育など) 企業の海外進出のサポート、市場リサーチ その他関連業務 |
日本人の勤勉さと長期休暇(大橋直久)
日本人は古くから休みなく働き続けてきた民族なのでしょうか。「夏に1カ月もの長期休暇を取るヨーロッパ人に比べ、勤勉さは日本人の国民性である」といった言説は、今も耳にすることがあります。しかし、過去の記録を紐解いてみると、日本人が常に働き詰めだったわけではない実態が浮かび上がってきます。
始業は朝8時、終業は夕方6時
江戸時代後期の1794年に大坂で出された「町触(まちぶれ)」には、当時の職人の労働環境が記されています。始業は朝8時、終業は夕方6時。午前10時と午後2時にはそれぞれ30分の休憩が設けられ、昼休みも1時間確保されていました。さらに、4月8日から8月1日までの暑い時期には、昼休みが1時間延長されていました。
休日も決して少なくありませんでした。毎月の1日と15日に加え、五節句も休みでした。さらに、12月25日から1月9日までの正月休みや、7月11日から20日までの盆休みも定められていました。明治政府が当初採用した、日付の末尾に1または6が付く日を休日とする「一六日制度」も、こうした江戸時代の町人や職人の習慣を引き継いだものです。現代の労働環境と比較しても、驚くほどゆとりのある労働リズムだったといえます。
農民の休日
では、農民の暮らしはどうだったのでしょうか。「百姓は搾れるだけ搾れ」という言葉に象徴されるように、過酷な支配下で休む間もなく働かされていたと考えられがちです。薪を背負いながら本を読む二宮金次郎(後の二宮尊徳)の姿も、農民の勤勉さを象徴するものとして広く知られています。
しかし、「村の遊び日」や「ドンタク」に着目した研究によると、江戸時代の農民にも相当な数の休日が存在していました。「遊び日」とは祭礼や神事のために農作業を休む日のことであり、「ドンタク」もオランダ語の日曜日(zondag)に由来するとされています。
江戸時代の農村における年中行事に伴う休日は、当初は年間20~30日ほどでした。しかし、近世後期になると年間60~80日にまで増えていたことを示す記録も残されています(古川貞雄『村の遊び日』平凡社、福田アジオ『可能性としてのムラ社会』青弓社)。
農業技術の進歩によって生産力が高まるにつれ、「村の遊び日」は江戸時代を通じて増加していきました。同時にその意味合いも変化し、当初は祭礼や神事と結びついていた休日が次第に宗教色を薄め、日々の疲れを癒やすための「骨休め」としての性格を強めていったのです(速水融・鬼頭宏『庶民の歴史民勢学』『日本経済史(2)』岩波書店)。